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Michael David Winery

マイケル・デイヴィッド・ワイナリー

マイケル・デイヴィッド・ワイナリーの写真1 マイケル・デイヴィッド・ワイナリーの写真2 マイケル・デイヴィッド・ワイナリーの写真3
URL https://michaeldavidwinery.com/
設立 1984年
本拠地 Lodi(ローダイ)
当主 Phillips Family(フィリップ・ファミリー)
畑の総面積 320ha
資料提供 Firadis


❦ 詳細・歴史

カリフォルニア最大のワイン産地であるセントラル・バレーは西をサンフランシスコ湾に、東をシエラ・ネバダ山脈に囲われる広大な内陸地である。この地の中心都市サクラメントから南におよそ50kmに位置するのがローダイAVAだ。内陸の平地という暑い気候であり、安価なワインの供給元として知られるセントラル・バレーにあるにも関わらず、とりわけ高品質なワインを生み出すのはその地形に秘密がある。
サンフランシスコ湾を臨むデルタ地形は灌漑がしやすいだけでなく、より海に近い西側に位置しているため冷風が遮られることなく運ばれる。これがリッチなフレーバーを持ちつつも素晴らしい酸が両立する味わいの所以である。マイケル・デイヴィッド・ワイナリー(以後MDW)はローダイ西側にあり、もともとは1850年代からこの地で続く農園で、ブドウは他の野菜同様に栽培されている程度で元詰めはせず他に売られていた。転換期となるのは5代目マイクとデイヴィッド兄弟である。UCデイヴィス校でワインを学ぶ中、兄マイクは21歳の時にナパの高品質なワインに出会ってその情熱に火が付き、弟デイヴィッドもそれに触発されて兄と同じ大学でワインの勉強に没頭した。1975年に家族の農園に戻った際、それまでブドウ栽培のみだった先代たちとは違い自らの手でワイン造りを行うことを決意し、自分たちの生まれ育ったローダイで高品質なワインを造るという野望を持った。1984年にワイナリー設立した際には冷房も断熱材もない古びた納屋で、1機のタンクと2、3の樽、そして使い古した破砕機があるだけであった。この時の彼らにはそれ以外にかけるお金など一切なかったが、若い彼らにとってはワイナリーを始めるには十分であると感じていた。この当時は全くの無名であったローダイにおいて、どの品種が成功するのかを知る者は誰もおらず、数々のブドウ品種を試験的に栽培するという実験から始め、シラーやカリニャン、カベルネといった品種を道路沿いのフルーツスタンドで販売していた。

そんな中で世界的な注目を集めるきっかけとなったのはジンファンデル。7つの異なる畑から素晴らしい古樹のブドウを手に入れた際に、「7つの大罪」をモチーフにするアイデアが生まれ、セブン・デッドリー・ジンズが誕生。果実味が前面に出たバランスの良い味わいに驚くほどリーズナブルであったこのワインは、2002年リリース当初700ケースの生産量であったが、2004年に北米のワイン業界誌ワイン・ビジネス・マンスリーで注目のブランドTOP10に選ばれてから注目を集め、その後の10年間で生産量を25万ケースにまで伸ばす。その後、パッケージデザインの刷新を経て、2016年に「インパクトのある注目ブランド」として選出され、この年ついにジンファンデルとして全米一の売り上げを誇るワインにまで上り詰めた。ジンファンデルのリリース以降大きな成功をおさめ、シックス・センス、プティット・プティ、フリークショウといったバラエティ豊かなワインでポートフォリオを拡大するも、こうした素晴らしいワインの数々が同じワイナリーから生み出されているという認知が消費者の間ではほとんどされておらず、ワイナリー認知度が上がっていないという問題に直面する。そこで2009年、ブランド認知を強化するためにワイナリー名をマイケル&デイヴィッド・フィリップスからマイケル・デイヴィッド・ワイナリーに変更。MDWの文字に二つのコルクスクリューが交差する新しいロゴを発表し、全ワインのキャプセル・コルク・エチケットにロゴを刻印した。こうすることで同一ワイナリーとして消費者認知を高めることに成功。一度見たら忘れないインパクトのあるパッケージデザインと、それに引けを取らない素晴らしい味わいが両立することで、世界規模の生産者として不動の人気を誇るようになった。

現在はマイケルの息子ケヴィンと娘メリッサが6代目としてワイナリーの指揮を執る。ローダイに320haを超える畑を所有し、これに加えて80ha超の契約畑でブドウを栽培している。




❦ 畑

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❦ 醸造

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